幸せになることに対する抵抗感 〜 人のことなど気にせず幸せになることを決めよう

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誰しもが何らかの罪悪感というものを持っていると思う。
 
両親や子供、配偶者、友人や恋人と呼べるような人、会社の上司や同僚やそれこそ誰か知らない他人にいたるまで、迷惑をかけてしまった、悪いことをした、自分の責任だと、そんな罪悪感を持っていると思う。
 
そういう自分の罪悪感のせいで幸せになることを拒んでいる人がいた。
 
意識してか無意識なのかは別として、自分は幸せになったらダメなんじゃないかと、そう思っている人がいる。楽しむこと喜ぶことにブレーキをかけてしまっている。自分は幸せになる価値などないと思っている。自分が幸せになったら申し訳ないと思っている。
 
そんな話を聞いて、それはとても悲しいことだと思った。話を聞いていて胸が締め付けられる思いがした。そんなことないのに、そんな風に考えなくていいのにと思った。
 

そんなことないよ幸せになっていいから。
他人のことなんて気にする必要ないよ。
自分のことだけ考えて早く幸せになろうよ。
 
そういうことを知って欲しい、伝えたいと思った。
 
自分のしてしまったことが、世間的に見て、常識というものに照らしておかしい、間違っていると思われてしまうようなことであっても、自分の身に起きたことがとても悲劇的なことであったとしても、そんなことと自分が幸せになることとは何の関係もないと思う。過去にどんなことがあったとしてもこれからの自分は幸せでいい。そこに他人を慮る気持ちや、他人の目線、世間体や常識といったものを持ち込んでしまうから面倒なことになる。
 
あなたが幸せになることを望まない人もいるかもしれない。あなたが幸せにしているのを見て憤りを感じる人もいるかもしれない。でも、それと自分が幸せになるということは全く別の話であり、どんどん幸せになればいいと思う。どんな人にも幸せになるだけの価値があるのだから。
 
大切な誰かを傷つけてしまったとしてもあなたは幸せであって良い
子供が不登校であってもあなたは幸せであって良い。
大切な人が病気であろうがあなたは幸せであって良い。
罪を冒してしまったとしても今のあなたは幸せであって良い。
大切な人と死別したり、それはとても悲しい受け入れ難い出来事かもしれないが、それでもまだ生きているあなたは幸せであって良い。幸せであって欲しい。
 
幸せになる方法は幸せになると決めるだけだと思う。何かを理由に幸せになることを拒むのではなく、幸せになると決めれば良いだけだと思う。誰かに申し訳ないと思うとか、世間から見たら非難されることだとか、他人への贖罪のために自分が幸せになることを拒んでいるなんて本当に無意味だから、早く幸せになることを決めて欲しい。
 
あなたが幸せになることを非難する人がいたらそんな人は相手にしなければいい。その人は、自分が幸せではないから、人が幸せになることを妨げようとしているだけだ。その人も自分が幸せでないことの理由を何かに置き換えているだけで、だから幸せになれないのだ。だから人の幸せが妬ましいだけだ。
 
自分が不幸でいれば、大切な人も不幸にしてしまう。自分が幸せになって初めて自分の大切な人を幸せにすることができる。自分を傷つけるのはもうやめよう。幸せになることを決めて、幸せになって、多くの人を幸せにした方が良いに決まっている。
 
あなたが罪の意識を感じている誰かのためにも、自分が幸せになって、そして、より多くの人を幸せにする人生を歩んだ方が良いのではないかと思うから。
 
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